【石想居にまつわるetc】高徳寺に眠る新井白石のびっくり逸話 8選
こんにちは。
石想居スタッフの 石麻呂 です。
みなさん、新井白石(あらいはくせき)という偉人をご存知でしょうか。歴史好きの方はご存知かもしれませんが、江戸時代中期に活躍した儒学者・政治家です。
お顔はこんな感じ。とても威厳のある方ですよね。
なぜこんな話をしているかというと、実は石想居がある髙徳寺には、新井白石のお墓があるんです!
それがこちら。
墓石には「新井源公之墓」と記されています。(右側には新井白石のご夫人のお墓があります)
さて、本題です。
そんな新井白石ですが、偉業だけでなく、たくさんの逸話や言い伝えがあるんです。たくさんある中から、8選をご紹介いたしますね。
その1 額に火の文字のあざ
白石が生まれたのは、明暦三年の大火の最中でした。そのため、彼の額には「火」の字に似たあざがあったといわれています。父の正済はこれを見て「この子は火の中から生まれた、ただ者ではない」と予感したのだとか。
その2 寝る間も惜しむ冷水修行
幼少期から勉強家だった白石。冬の夜、眠気に襲われると、バケツに汲んだ冷水を頭からかぶり、震えながら勉強を続けたそうです。小さい頃からのストイックさが、後の膨大な知識の礎となったそうです。
その3 貧しくても、志は高く
若い頃、白石は貧しく、食べるものにも困る日々を送っていました。ある時、裕福な家から「養子に来れば一生安泰だ」と誘われますが、白石は「学問で身を立てるのが私の道だ」と断固拒否。目先の利益より志を選んだのだとか。
その4 将軍もたじろぐ、講義の熱量
徳川家宣に対して行った学問の講義は、なんと19年余りで1,200回以上に及んだそうです。冬の寒い日、家宣が寒さに震えていると、白石は顔色一つ変えず熱弁を振るい続けたため、家宣も負けじと背筋を伸ばして聴き入ったといいます。
その5 生類憐れみの令の廃止
有名な「生類憐みの令」は、犬猫だけでなく、蚊も殺してはいけないという決まりで、人間の生活が危ぶまれる極端なものでした。白石は綱吉の死後、綱吉の側近たちの反対を押し切り、生類憐みの令の廃止に努め、成功したそうです。
その6 ローマ人宣教師 シドッチとの対話
密入国して捕らえられていたイタリア人宣教師シドッチを尋問した際、白石はその博識さに驚嘆しました。白石は彼を単なる犯罪者として扱わず、世界情勢を学び取り、後に日本初の本格的な西洋研究書『西洋紀聞』を書いたそうです。
その7 貨幣改鋳で見せた、経済の勘
品質が落ちていた貨幣を、再び良質なものに戻そうとした、正徳の貨幣改鋳。「金銀は天が下した宝であり、混ぜ物をしてはいけない」という儒教的な倫理観に基づいた政策でしたが、経済を安定させたそうです。
その8 鬼の白石!と、恐れられていた
妥協を許さない性格から、周囲からは「鬼」のように恐れられていました。儀式や礼法の間違いを見つけると、相手が誰であっても容赦なく論破したため、敵も多かったと言われています。
うーん、恐るべし新井白石。
新井白石はキャラクターも凄い方だったようですね!
本当かどうかは定かではありませんが、このような話が数多く残っているということは、只者ではない事だけは確かなようです。
また、新井白石は「折たく柴の記」という自叙伝も出しおり、歴史的な観点以外にも文学的にも高く評価されているので、ご興味がある方は一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。
そんな新井白石のお墓は、石想居の裏手にあります。ぜひ、石想居にお墓参りの際は、新井白石のお墓にも立ち寄ってみて下さいね。
※新井白石のお墓はこちら↓
0120-148-079
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