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石想居 News

《名所》岡本太郎が愛した「モナミ」。幻のレストランとは

こんにちは。
石想居スタッフの石麻呂です。
今回は昔の東中野のお話をしようと思います。
昭和40年頃まで、東中野駅の西口に「モナミ」というレストランがあったことをご存知でしょうか。
今では跡形もありませんが、その場所には日本を代表する文豪や芸術家たちが集い、夜な夜な熱い議論を交わしていたそうです。
東中野がもっともモダンで熱かった時代の「モナミ」に想いを馳せます。

写真引用:世田谷美術館

岡本かの子が名付けた「モナミ」

モナミ(Mon Ami)
フランス語で「私の友」を意味する、この素敵な店名を付けたのは、作家・岡本かの子。
銀座に本店を構えていたモナミが、東中野の地に支店を開いたのは戦前のこと。
息子の岡本太郎も、モナミと深い縁があり、店のパンフレットには若き日の太郎の写真が使われています。
かの子の小説「母子叙情」にも、この店が重要な舞台として登場しています。

画像出典:国立国会図書館 | 近代日本人の肖像

前衛芸術の語り場「夜の会」

岡本太郎と花田清輝によって結成された「夜の会」。
彼らはモナミの静かな特別室に集まり、紅茶一杯で何時間も粘りながら、新しい芸術のあり方を論じ合ったそうです。
太郎の妻・敏子は、この場所を「気取りのない、洗練された個人住宅風の近代建築」と評し、その空間こそが自由な議論を支えたと言っています。

夜の会発起人:岡本太郎、花田清輝、椎名鱗三、埴谷雄高、梅崎春生、野間宏、安部公房らが参加して発足

画像出典:Taro Okamoto Memorial Museum

建築の謎「ライトの面影」

モナミを語る上で欠かせないのが、建築にまつわる謎です。
長年、「フランク・ロイド・ライトの設計ではないか」と囁かれてきました。近年の調査では、ライトの弟子である、遠藤新の設計である可能性が高いとされています。夏の夕刻、帝国ホテルのようなモダンな建築が、ハワイアン音楽を流しビアガーデンとして賑わっていた... 。そんな贅沢な風景が、東中野に存在していたのです。想像しただけで鳥肌が立ちます。ライトであろうと、遠藤新であろうと、建物が現存していたらとても貴重なものになっていたでしょう。余談ですが、ライトが設計した帝国ホテルの一部は移築され現存しています。建築好きな石麻呂が撮影した写真を掲載いたします。こんな雰囲気の建物が東中野にあったとは信じられません!

まとめ「モナミの記憶と共に」

60年以上前、モナミはその輝かしい歴史に幕を下ろしました。
建物はもうありません。地域の記憶からもだんだん消え去っています。
しかし、東中野の駅前に降り立つと、どこからか珈琲の香りと共に、かつての芸術家や文豪たちの笑い声が聞こえてくるような気がします。
東中野という街が持つ、どこか品が良く、自由な空気。それは、かつてモナミという場所が育んだ「文化を愛する心」が、今もこの街に息づいているからではないでしょうか。
井伏鱒二、江戸川乱歩、坂口安吾などお好きな小説を持って東中野のモナミに想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

モナミがあった場所:JR中央線 東中野駅 西口